カウンターカルチャーの拠点としての新宿と安田南

 こんにちは アナルコです。
前回からかなり時間が経ってしまいましたが、これからまた頑張って続けていきます。

カウンターカルチャーの拠点としての新宿と安田南
 
 前回までは、<天使の恍惚>遁走事件について、私が知っていることについてはほぼ正確に書き尽したと思っています。
 今回からは、安田南はなぜジャズ歌手になったのか、について考察する予定でしたが、その前に’6、70年代の新宿のある部分について書いておきたいと思います。というのも、新宿は日本のサブカルチャーカウンターカルチャーの最前線の位置を占めていたからです。60年代初頭にはすでに、高校生だった安田南が朝まで新宿のジャズ喫茶で過ごしていたし、数年遅れて中上健二なんかもたむろしていた。

 ところで、サブカルチャーとかカウンターカルチャーとか、簡単に書いてるけど、よくよく考えてみると、これ、随分と曖昧な概念ですよね。これについては、後日もう少し考察するページを設けようと思います。二者の意味と、それらの区別と連関を明確にしておかないと、なにかとんでもない結論を引き出すような気がします。

 話を戻します。新宿の話でした。
新宿の飲み屋には、出版、文学、映画、演劇、音楽、現代美術など、要するにあらゆる文化の未来を担おうと意気込んでいる若手が集合していた。まあ若手ばかりではないけれども,戦後の新しい文化を創造しようという熱気と才能があふれていたのです。
私(アナルコ)自身はこの手の飲み屋には殆んど出入りしなかったのでそこの空気を語りつくすというわけにはいかないが、それでも、数少ない経験と、さらには友人たちに聞いた話を頼りに、少しばかり書き進めたいと思います。
その新宿に集まった、新しい文化を担うことになる文化人といっても、その分野は多岐にわたるし、人数も多かったため、複数の飲み屋を棲み分けるような形で存在していた。といっても、厳密に区分されているわけではなく、あちこち自由に顔を出すのもOKっていう感じである。安いことと、出入り自由ということが極めて重要だったようだ。確かに新宿はピッタリの街である。
そこには、進歩的文化人、急進的文化人、文学作家、映画や演劇の関係者、現代美術やイラストレーター、ジャズやロックミュージシャン、そのほか、ただ単に自由でいたいだけの人など、ありとあらゆる人間がいた。
既成の価値や文化を否定し、壊して新たな自前の文化を創造しようとしている連中である。普通の人たちよりも気性も激しいし、ちょっとしたもめ事なんかも珍しくはなかった。唐十郎率いる状況劇場寺山修司のところを襲撃したという話を耳にしたことがある。これは、唐十郎だったら「いかにも過ぎるほど」ありそうな話なので、私(アナルコ)は全然信じていません。だけど、本当にありそうな話ですよね。
ところで、こういった飲み屋にはどういった人たちが集まっていたのか。
これがまあ、結構いろいろな人が集合していた。例えば、映画人が集まるところだと、監督、助監督、その他のスタッフ、シナリオライター、役者などのほかに、映画専門誌のライター、編集長、編集者、カルチャー誌の記者、編集者など、枚挙にいとまがないくらいなのだ。同じように、演劇人達の集まるところも似たような状態だった。そこで情報が飛び交い、仕事の打ち合わせをしたり、単に酔っ払ったり、の日々が繰り広げられていた。いろんなことをここで決定したりもしたのではないか、と私は推測している。

ここで安田南である。アナルコとしては避けて通れない。

足立正生はここ新宿で安田南を「天使の恍惚」にキャスティングすることを決定したのではないのか。
前にも書いたが、この頃、安田南は業界ではすでに注目を集めていた。本業はジャズ歌手であるが、自由劇場黒テントでの舞台俳優としても活動しており、テレビや映画業界とも少なからぬ関係があったと考えられる。というのも、伊丹十三大橋巨泉などの指名でテレビで唄ったりしているからである。ジャズだけでなく日本語の歌も。
安田南はジャンルを超えて縦断的に活動していて、強烈な個性と存在感を放っていた。
そしてここ新宿には、新しい文化を創造している人間とエネルギーが満ちていた。勿論、映画、演劇、音楽、全部があるのだ。安田南も、人間関係や仕事柄、そこに出入りすることになる。誰かに紹介されてか、何となくかはわからないが、足立正生とも友人になり、そして「あっちゃん」と呼ぶくらいの信頼感を持つくらいになる。
そして、足立正生から「こういう映画を撮るからやってくれないか」というオファーをうけて、安田南が応諾した。
私(アナルコ)の想像でしかないが、安田南の「天使の恍惚」出演の決定は、こういう風に進行したのではないかと確信しています。言うのも今更だけど、オーデイションなんてあり得ないことだ。安田南はそんな形の仕事はしない。

自分でも予想しないでもなかったが、安田南と新宿について、うまく活写出来ませんでした。申し訳ありません。自分が出入りしない分野を書こうとしたことがそもそもの間違いでした。
次回は、もっとましなことを書きます。