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 今日は、アナルコです。
 本題の「天使の恍惚」事件について書く前に、一つの問題というか私の疑問を提起しておきたいと思います。それは
  「安田南は本当に死んだのか?」 
という疑問です。
 ネットが彼女を殺してるんじゃないのか? ということです。
 私は安田南の生死は、本当のところ大して問題にしていません。60~70年代を疾走し、唄に芝居に文筆に強烈な存在感を見せた彼女。
 そして突然姿を消した。そのまま誰もその行方を知らない。
 カッコイイのである。
 とりわけ60~70年代という動乱期を若い頃に共有し体験した人間にとっては格別な思い入れがあるだけに。ということになる。
 21世紀の今、あらためて安田南の唄を聴きなおしてみると、その凄さがよくわかる。
 評価は分かれたりしているようだが、実は彼女は歌がうまい。
 英語の発音だってすごくいい。
 スイング感も並外れたものがある。
 現在聴いても全然時代を感じさせないというか、古びた感じがしない。説得力があるというか、こちらの心にしみいるのだ。
 
 話が横道になりかけたが、安田南を追憶して、同時代を生きた動乱期を想い、少しばかり涙を流してもいい、それはカタルシスだから悪いことではない。
 だが、本当に死んだのか?
 誰に聞かされた?
 ネット情報じゃないのか?

 ネット社会はとても危ない。流言もデマゴギーも繰り返し繰り返し発信されると事実になってしまう。悪意がなけれないほど真実味を帯びてくる。
 「安田南の死」も、もしかしたらそういうことではないのか?
 とはいえ人の生死を嗅ぎまわるなんてことは、その人に失礼なばかりか、迷惑かもしれません。私が安田南の生死を大して問題にしてない、というのはそういう理由かな?

 私は「安田南の生死」について、可能な限りつぶさにネットを検証してみました。すると驚いたことに確たる情報がないのです。伝聞でしかないものばかりでした。どこで亡くなったのか、死因は?墓はどこにあるのか?そもそも亡くなった年月日ですら明確ではないのです。
 とはいえ、彼女と近しい人の証言や、イベントめいたものをネット上で見ることができます。これがとても怪しい。
 例えば写真家の森山大道が「安田南はもう鬼籍に入った」と言ったそうだが誰が聞いたのだろうか。
 「闘病している安田南を励ます」イベントがあって、それには赤瀬川源平も出席した。そしてそのことが某大新聞にも掲載されたというが、どの新聞なのか誰も知らない(言わない)。まあきょう日、大新聞もあやしいものだけど。
 ここに挙げた人たちの名前を見たら、60~70年代を体験した世代はまず文句なしに信じてしまうだろう。
 それぞれが今や伝説的な存在なのだから。
 伝説のジャズ歌手にふさわしい陣容と言えるでしょう。
  
 森山大道は当時バリバリのアヴァンギャルド写真家で、中平卓馬と共に写真同人誌「プロヴォーク」を拠点に既成の写真文化と対峙して、<闘う>と形容するのにふさわしい活動をしていた人物だ。
 中平卓馬森山大道は日本中の写真家や写真家を目指す若者たちの注目の的であり憧れの的だった。
 その当時の中平卓馬の恋人が安田南だった。二人は可能な限り行動を共にしていたから必然的に、安田南と森山大道は知己の仲である。であるがほどなくして安田南と中平卓馬は別れてしまう。そうなると森山大道と安田南は疎遠になり、交流がほとんどなくなるし、連絡先もお互いに知らなかったはずである。
 安田南の近況さえ知らない森山にその訃報が届くとは考えられない。 

 赤瀬川源平も、あれはイラストと言ってもいいのかな?そのイラストレーターの最前線に立っていた。私が知っている限りでは「美術手帳」誌や「朝日ジャーナル」が多かったような気がする。もしかしたら個展なんかもじゃんじゃんやってたのかもしれないが、そっち方面は私はしらない。
 間違ってた。赤瀬川は現代美術の人だった。
 その朝日ジャーナルでは同時期に安田南、中平卓馬も書いたり撮ったりしていた。赤瀬川と中平は、イラスト+文章、といった形での共同作業としてもジャーナルに載せてたと思う。
 赤瀬川源平朝日ジャーナル誌上に、有名な<アカイ アカイ アサヒ アサヒ>を掲載。これが日本新聞協会をも巻き込んだ大問題になり、ジャーナル誌の回収やら、人事異動やら、それはもう大変な騒ぎで、川本三郎週刊朝日から朝日ジャーナルに異動したのはこの時じゃなかったかな。間違ってたらゴメン。
 この事件が、数年後「朝日ジャーナル」誌の廃刊につながったのではなかったか。
 その後、赤瀬川源平中平卓馬は、「赤馬が見たり」などという冗談としか思えないふざけたコラボ仕事を「映画批評」誌上でやったりしていた。
 この赤瀬川源平と安田南の親交も、中平卓馬とセットでのつきあいだった。当然のこと疎遠になっていたとしか考えられない。
 
70年代といえばそれぞれの場所でそれぞれが最前線で悪戦苦闘の日々を過ごしており、特段の用でもない限り連絡をとる余裕もないはずだ。携帯なんて無かった。あっても持つような人たちではない。
 
それから何年も経過しているのだ。安田南は何度も引っ越しをしている。そのたびに電話番号(家電!)を知らせるような人ではない。赤瀬川が「励ます会」に出席したなんて誰が言った?

そして、安田南がこの世にいない、ということに非常に説得力を与えているなあ、と思ったのが「ジャズ批評」誌上における劇作家佐藤信へのインタビュー記事である。これは佐藤信、インタビュアー双方が共に安田南がとっくに死んでいるという前提で話しているのだ。
 佐藤信と安田南は目黒十中以来の幼馴染というか、竹馬の友というべきか、盟友ともいうべき関係である。佐藤はしばしば安田宅を訪れており彼女の家族とも顔見知りの仲であったらしい。この二人が恋人同士であったことはないようだが、のちに俳優座養成所の仲間たちともしよっちゅう安田宅に出入りしていたという。さらに自由劇場黒テント日劇など、佐藤信演出の舞台にしばしば安田南は呼ばれている。芝居が出来て、踊れて、歌える役者、それもいい役者はそうそういるわけではない。
 その佐藤信でさえ安田南が失踪した頃は、劇団の運営や劇作家個人としての仕事などで、とてもじゃないが多忙を極めており、仕事の話でも発生しない限り連絡をとるような精神的余裕もなかったのではないか。60年代から続くカウンターカルチャーも転換期を迎えていたからである。その点では安田南も同様である。ましてや安田南は他人に相談したり、自分から連絡をとるような性格ではない。じっと一人で考えに考えて、他人から見ると唐突に見える決断を下すタイプなのだ。
 佐藤信がふと気が付いた時には安田南が今現在どうしているのか、もはや全く分からなくなってしまっていた、といったところが本当ところだと思えるのだ。
 もはや伝聞しか知りようがなく、もしかしたらパソコンで検索する方法しかなかったのではないか。

 この三人を例にあげて考えてみると見えてくることがある。それは彼らとて確たる情報を持ち合わせていないように見えることだ。三人ともに、安田南と60、70年代を同じ場所であったり、そうじゃなくても極めて近い所で生きていた。この頃は、日本の文化や政治の一大転換期であり、ある時は仲間、ある時はいわば共闘関係の同志といった感じだったと考えてもいいだろうと思います。それぞれ自分の持ち場があって、それこそ一杯一杯で、安田南が姿を消したことは知っていても、気にかける余裕もなかったのではないか。まあ噂話程度は耳に入ったかもしれないが。そうこうするうちに数年が経過してしまった。そして、世はインターネットの時代、検索してみると南は死んだらしい。少しばかりショックを感じても、
それを受け入れることはどうってこともないだろう。

 私(アナルコ)は安田南が生きているとか、死んでしまってるとか、そういうことを問題にしたいわけではない。私はどちらの立場もとりません。ただネット社会はアブナイと言いたいだけです。
 編集者やライターと思われる人たちが安田南について、率直に素晴らしいコメントや分析や文章を提供してくれています。そうか、と素直に感動してしまうこともしばしばです。だけども他人の生死をあまりにも無造作に取り扱っているように感じます。仕方ないとも思います。伝説ですからね。
 ただ一つだけ、これは絶対に許せない記事があります。それは
あの大新聞「朝日新聞」です。
 少し前の記事ですが、朝日の日曜版か何かで例の「ぷかぷか」のモデル「あん娘」を捜すといった内容のものです。
 新聞記者たるもの、取材対象を追う時は地道にウラを取って事実を積み重ねて記事にするものだ。ところがその内容はネットで知りえる範囲を超えていないのだ。安田南の痕跡をたどった気配さえないのだから。ブンヤだったら安田南の墓のありかくらい探し出せよと言いたくなる代物でしかないのだから呆れる。記者にしてみたらそんなに力も入らないクズ仕事だったかもしれないが、こちらは購読料払って読んでいるんだから。
 おそらくネット検索を武器にして軽く書き上げたんだろうが、ネットでは知りえない情報の一つでも掲載してほしいものだ。下北沢あたりのジャズクラブのマスターに安田南についていろいろ話を聞いて、取材費で一杯飲んで一丁上がりといったところだろう。
 私たちは、こういういい加減なメディア環境の中で生活しているのだ。
 ハナシが大袈裟すぎると思う人もいるだろうが、ここはあえて言っておきます。トランプのアメリカだってツイッターで一方的に大量のプロパガンダを流しておいて、その後に記者会見の体もなしてない記者会見をやって危ない歴史を作り出そうとしている。かく言う私もこんなブログを開いて、これも一方的な情報を提供しようとしている。この空間は極端なポピュリズム空間になりやすい。
 一方で既成のメディアも、ずっと昔に「アカイ アカイ アサヒ アサヒ」と赤瀬川源平に揶揄されたことも忘れてしまったかのようだ。
 私たちも、くれぐれも気をつける必要があると思います。フィクションではなく、実在の、もしくは実在した人物について書く時には特に、その情報を丁寧に取り扱うことが要求されていると思います。

 前置きが長くなりすぎました。本題の安田南の「天使の恍惚」遁走事件については次にしたいと思います。これは本人から直接聞き取った話があるので、出来るだけ急いで出したいと思います。